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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4909号 判決 1955年10月18日

原告 有限会社浅間建材社

被告 国

訴訟代理人 関根達夫 外五名

主文

被告国は原告に対し百十三万七千百三十一円とこれに対する昭和二十六年十月十七日から完済まで年五分の金員を支払え。

被告国は原告に対し別紙<省略>目録(一)及び同(二)記載の物件について、それぞれ記載の登記の抹消手続をせよ。

被告楠本は原告に対し三百四十四万七千四百十三円とこれに対する昭和二十六年十月十七日から完済まで年五分の金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その三を原告、その二を被告国、その五を被告楠本の各負担とする。

この判決は、原告において、被告楠本に対し五十万円の担保を供するときは同被告に対する勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、『被告ら両名は、原告に対し連帯して五百万円とこれに対する昭和二十六年十月十七日から完済まで年五分の金員を支払え、被告国は、原告に対し別紙目録(一)、(二)記載の物件について、それぞれ記載の登記抹消手続をなせ。訴訟費用は、被告ら両名の負担とする。』との判決と、右金員を求める部分について、仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

『一、訴外武蔵野税務署長牛田幾慶(以下税務署長と略称する。)は原告に対する昭和二十四年度給与所得税等滞納税金二十九万二千二百七十九円徴収のため、滞納処分として国税徴収法の規定により原告所有の東京都北多摩郡保谷町上保谷字亦六、二七六四番の一宅地二、一〇七坪八合を昭和二十五年九月二十六日(登記は同月三十日)、同番地所在木造瓦葺平家建事務所一棟建坪三〇坪外附属建物一〇棟を同年三月九日(登記は同月十三日)及び右建物内の応接セツト一組外家具什器二八点、セメント五八六袋(一袋五〇K入)、石灰二〇〇袋(一袋一〇K入)を同年九月二十九日に各差押え、昭和二十六年三月二十二日その公売期日を同月二十六日と定め、右差押物件と右建物内備付の機械器具とを入札の方法を以てする公売に付する旨の公告をなし、右公売期日に入札者被告楠本に対し代金六十六万円で売却する旨の公売決定をした。因つて、同被告は同月二十八日頃右代金を自己振出小切手を以て同税務署に納入し、税務署長は同被告のため同年四月九日東京法務局田無出張所に対し右宅地建物につき公売による所有権移転登記をなした。

二、違法原因について、

しかしながら、右公売決定は次のとおり違法であつて無効である。

(一)  右公売物件のうち、宅地、建物の抵当権者である訴外株式会社太陽商社(以上太陽商社と略称する。)(同抵当権設定登記は工場抵当法第三条所定のもので、その日時は昭和二十五年九月二十六日)に対し、右差押及び公売の通知がなされないから国税徴収法施行規則(以下規則と略称する)第十二条及び昭和八年二月蔵税第三七〇号大蔵省主税局長依命通牒に違反するから、右差押及び公売は違法である。

(二)  右公売物件のうち、建物内備付機械器具については、差押をしないで公売に付した違法がある。

(三)  原告の滞納税金は前記のように二十九万二千二百七十九円であるのに拘わらず、別紙目録(三)記載のとおり、同記載物件だけでも時価七百六十万九千九百三十二円相当の物件を公売した超過差押であり、超過公売である。然も前示差押物件全部を前記のように六十六万円という不当に廉価で公売したものであるから違法である。

(四)  右公売物件の鑑定評価は入札者である被告楠本が右税務署総務課徴収係長斎藤栄三(以下斎藤係長と略称する。)の委嘱により評価したものである。すなわち、昭和二十六年二月初旬頃被告楠本外一名が税務署から差押物件の評価を命ぜられたと称し、原告会社工場を訪れ持参の物件目録と現品を照合し、同人らが鑑定書を作成したものであつて、評価人を入札人としたことは違法である。

(五)  右公売公告の日は昭和二十六年三月二十二日であり、公売期日は同月二十六日であるから法定の十日の期間を置いていないのは違法である。

(六)  右公売公告は前記三月九日、同九月二十九日の差押物件のみを表示していて、宅地の差押についての表示がないので、右宅地についての適法な公売公告がなされいてないから宅地に関しては公売公告なくして公売に付された違法がある。

(七)  公売入札時間は午前十一時限り、開札は正午との公売公告であつたのに右時間に遅れ、入札されたのは午前十二時三十分であつたのであるから、右公売公告及び規則細則第十四条に違反する違法がある。

(八)  被告楠本は前記(三)のように、予め公売物件の評価価格を知つて居り、又入札前に斎藤係長との間で、公売物件を同被告に落札し、斎藤係長が原告会社に同被告から公売物件を買戻すよう斡旋するとの打合をなし、昭和二十六年三月九日以来屡々斎藤係長及び被告楠本は原告会社代表者岸本亀治(以下岸本と略称する。)に対し、同被告から公売物件を買戻すようにと勧奨した事実があるので、右公売は斎藤係長と被告楠本との通牒による不法入札である。

(九)  被告楠本は、入札加入保証金を納入していないのに入札に参加せしめ、落札人としたことは違法である。

(一〇)  被告楠本は公売代金を納入期限である昭和二十六年三月三十日の期限内に現金納入していないのに、斎藤係長は同被告に対し公売代金領収書を交付したことは違法である。

(一一)  仮りに、右公売公告が公売代金は現金又は小切手で納入すべきものと告示されていたとすれば、右は国税徴収法ならびに同附属法令に違反し違法である。

(一二)  仮りに、右公売公告が違法でないとしても、公売代金納入期限内に現金納入がないのであるから規則第二十七条規則細則第十七条の規定によつて公売を解除し、再公売に付すべきであつたのに拘わらず、再公売に付さなかつた違法がある。

従つて、右のような違法の差押及び公売処分は当然無効であるから、原告は右公売処分によつて、右公売物件の所有権を失うことはない。然るに税務署長、斎藤係長は、右違法の事実を知悉しながら、次に述べるように、被告楠本と共謀の上、故意に原告の所有権を侵害する目的を以て、前述のように同被告に公売物件を落札した。

三、故意、過失について、

よつて、原告は、右公売処分を不服として税務署長、斎藤係長及び同署係官に対し四月一日以降屡々口頭で、また同月十九日再調査請求書を税務署長に提出、右違法の点を指摘し、その取消を求めたのに対し、税務署長は同年五月七日右公売処分は談合による入札であるとの理由で、これを取消し、その通知は、原告には即日、被告楠本には同月九日それぞれ到達した。

しかしながら、右公売処分取消が同年四月一日から同月十一日頃までになされていたならば、原告は後記のような損害を蒙らなかつたのであるが、税務署長が原告の右公売処分取消申請の決定を故意に遷延したゝめ、被告楠本をして右公売物件のうち別紙目録(三)記載物件を原告会社工場から同記載の日に撤去して同月二十日頃保管中の機械器具を売却しその他の物件は撤去取壊の頃他に売却するに至らしめた。因つて原告は右物件に対する所有権を失つた結果、その時価相当額の損害を受けたものである。右原告の蒙つた損害は、次のように税務署長、斎藤係長及び被告楠本の故意又は過失による権利侵害によつて発生した損害である。すなわち、

(イ)  税務署長、斎藤係長に権利侵害の故意あることは、

(一) 税務署長は、原告の前記滞納税金を徴収するためには本件建物の一部又は機械器具の一部を差押え、これを公売すれば優にその目的を達することを知りながら、故意に本件物件の全部を差押え(但し機械器具を除く)、その全部を公売し、前記違法原因(三)において述べたように不当に廉価で公売した事実

(二) 税務署長は本件公売期日において訴外中村貞臣(同人の入札は、被告楠本の指図に従つて岸本が公売期日を流すため代金百三十二万円という高価な入札を同人名義を利用して訴外高松礼之助に入札させたものである。)に落札したが、その後右中村の入札を無効として同人に対する公売決定を取消した。従つて規則第二十七条の規定する場合と同様再公売すべき場合であるのに拘わらず税務署長、斎藤係長は、被告楠本の請託を入れ、前示二、(四)において述べたように本件公売物件の鑑定人である同被告の入札額が代金六十六万円で、右中村の入札に次ぐものであることを幸に、税務署長は同被告に公売決定した事実

(三) 税務署長、斎藤係長は被告楠本が入札加入保証金を納入していない入札適格を欠くものであること、本件公売公告による入札時間を三十分も経過して入札されたものであること及び同被告が同月二十八日頃公売代金として納入した自己振出の小切手が支払資金のない不渡小切手であることなどを承知していて、再公売に付すべき場合であることを知りながら、税務署長は故意に再公売に付さないで被告楠本に公売決定し、斎藤係長は同被告に代金領収書を交付し、又差押物件を引渡すには該物件の保管者である原告に差押保管解除通知をなした上引渡されなければならないのに右通知を原告にしないで被告楠本に右物件を引渡すなど被告楠本の本件不法行為を幇助した事実

(四) 被告楠本は本件公売物件の評価について前記のように斎藤係長から鑑定を委嘱され、公売前にその評価額を知つていたところ、右公売期日に入札について事前に斎藤係長と打合せをなして入札したものであり、斎藤係長は原告に対し昭和二十六年三月九日以来屡々被告楠本から右公売物件を買戻すよう奨め、又同月十六日右公売期日に被告楠本に落札するから同被告から右公売物件を買戻すよう奨めた事実があるから、右公売期日における入札は被告楠本と斎藤係長との共謀による不法入札である事実

(五) 税務署長は昭和二十六年四月十一日原告からの右公売処分取消申請を了承し、斎藤係長をして被告楠本宛右公売処分を取消す旨打電したのに拘らず、後日故意には右は正式の取消でないと主張した事実

(六) 税務署長は原告からの本件公売処分の右取消申請によりその違法であることを知悉しがら、被告楠本の請託を入れ故意に何等法的保全措置を採らなかつたのみでなく、昭和二十六年四月九日同被告のため本件公売物件のうち宅地、建物の所有権移転登記嘱託をなした事実及び前記違法原因の項において述べた各事実によつて、本件公売決定当時右公務員らに故意があることは明瞭であるが、仮りに右公売決定当時右公務員らに故意が認められないとしても、前記のように原告の右公売処分取消請求に対し故意にその取消決定を遷延したゝめ、被告楠本をして右公売物件を他に売却せしめ、その原状回復を不能にしたものであるから右公務員らに故意あること明白である。仮りに故意がないとしたならば、右公務員らは適法な法規の運用に当る者として前記違法原因の項で述べたような明白な違法を容易に知り得たのに拘らず不法にも敢て差押及び公売処分をなし、又原告の右公売処分の取消請求に対し決定を不注意に遷延したものであるから、右公務員らに過失があるといえる。

(ロ)  被告楠本に権利侵害の故意あることは、(一)前記(イ)において述べたように税務署長、斎藤係長と共謀した事実(二)被告楠本は本件公売物件の引渡を受けていないのに拘わらず故意に四月一日別紙目録(三)A記載の機械器具を原告会社工場から撤去、運び去り、翌二日も同様の行為に出でようとしたので、斎藤係長及び原告は同被告に対し右引取物件の返還方を交渉したところ、同被告は右引取物件を四月四日までに原告会社工場に返還することを約しながら、その履行をしないのみか、右公売処分取消の通知を受けた五月九日までに右目録BないしF記載の機械器具を同目録記載の日に前同様撤去、搬出したが、その間四月二十日頃までに撤去保管中の機械器具を右同日売却し、その他の物件を撤去の頃売却し、更に五月九日右公売処分取消通知を受領しているに拘わらずこれを無視して不法にも同目録GないしL記載の機械器具及び建物を同目録記載の日に原告会社工場から撤去、取壊し、その頃他に売却した事実を綜合し明白であるが、仮りに被告楠本の四月一日から五月九日までの右機械器具の撤去売却行為は、税務署長の右公売決定によりその所有権を取得し、適法に引渡を受けた上自己の所有物を売却したものに過ぎないものとするならば、五月九日の右公売処分取消通知を受領したことによつて被告楠本は右物件を原状に復する義務を負担しているに拘わらず(行政処分の取消の効果は行政処分の日々遡る就中行政処分の相手方に故意の欺罔その他の不法行為があつた場合に行政処分の日々遡る。)、故意に自己の行為によつてその回復を不能ならしめたのであるから故意あることは明白である。

以上仮りに故意がないとしても過失があることは明白である。

四、損害額等について、

(一) 以上のように税務署長、斎藤係長及び被告楠本の故意又は過失によつて原告は別紙目録(三)記載物件の同記載の時価に相当する七百六十万九千九百三十二円の損害を受けたので、右損害につき被告国は国家賠償法第一条第一項、民法第七百十九条の規定により、被告楠本は民法第七百九条、第七百十九条の規定によつて共同不法行為者として、賠償責任がある。仮りに右損害のうち同目録Aないし下記載の損害について被告楠本に不法行為責任がないとするならば、右損害については民法第四百十五条の規定により、賠償責任があり、被告国には原告の右公売処分取消請求に対し故意又は過失によつてその取消決定を遷延したゝめ、被告楠本をして右物件を他に売却せしめたのであるから、被告国にはその不作為によつて国家賠償法第一条、民法第七百十九条の規定により賠償責任がある。

(二) 原告の受けた損害について右のように被告ら両名は各自連帯して賠償する義務があるが、右損害額のうち六十六万円については、原告は、被告楠本に対し東京高等裁判所昭和二十七年(ネ)第一、四一七号損害賠償請求控訴事件において、勝訴判決(昭和二十八年四月二十日確定)を得ているので、同金額を控除し、更に原告が被告国に対して負担する本件租税債務二十九万二千二百七十九円を昭和二十九年十二月六日本件口頭弁論において対当額で相殺し、差引き六百六十五万七千六百五十三円(仮りに別紙目録(三)A(二)及び(四)記載物件が訴外中谷藤吉、同目録D記載物件が訴外東京電力株式会社のそれぞれ所有であるとするならば、右金額二十五万三千二百八十円「原告は右目録A(二)及び(四)の物件価額を十五万四千八十四円と昭和二十九年十月十八日付準備書面二、Eにおいて主張しているが、同昭和二十八年七月十四日付訴状訂正申立書からみて明らかなように誤算と考える」。を差引六百四十万四千三百七十三円)のうち五百万円とこれに対する被告国に対しては本訴状送達の後であり、被告楠本に対しては本訴状送達の翌日である昭和二十六年十月十七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の遅延損害金を被告ら両名に対し連帯してその支払を求めるとともに、原告の被告国に負担する本件租税債務相殺の結果、被告国の別紙目録(一)及び(二)記載の物件に対する同記載の差押の理由がないから、被告国は原告に対しその差押登記の抹消手続をなすべきことを求めるため本訴請求に及んだ。』

被告国訴訟代理人は、『原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。』との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

『一、税務署長が原告主張の滞納税金徴収のため主張の日に主張の原告所有の各物件を差押え、主張の物件を昭和二十六年三月二十二日公売期日を同月二十六日と定め、入札の方法を以て公売に付する旨の公告をしたこと、被告楠本に対し代金六十六万円で右公売物件の売却決定をなし、同被告が代金を納入したこと、税務署長が原告主張の日に主張の物件について、東京法務局田無出張所に公売による所有権移転登記手続をなしたこと、原告が右公売処分について、主張の日に税務署長及び同署係官に対し口頭及び再調査請求書の提出により、その取消を求めたこと、税務署長は昭和二十六年五月七日右公売処分を談合によるものとの理由で取消し、主張の日に右公売処分取消請求通知書を原告及び被告楠本が受領したこと、昭和二十五年九月二十六日太陽商社が右公売物件のうち宅地及び建物について、原告主張の抵当権設定登記をなし、税務署長は同社に対し本件差押及び公売の通知をしなかつたこと、原告主張の機械器具について差押手続をしなかつたこと、本件公売公告と公売期日との間に十日の期間をおかなかつたこと、公売期日に中村貞臣が代金百三十二万円とした入札を無効としたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、違法原因等について、

(一) 税務署長は、右公売物件のうち宅地を差押えるに先だち昭和二十五年九月二十六日土地登記簿について調査したところ、太陽商社の抵当権設定登記はなかつたので、同社の登記は右差押後になされたものと思われ、又右建物の差押は原告主張のように同年三月九日になされたものであるから、右差押及び公売の通知を同社にしなかつたことは当然のことで、規則第十二条違反の問題を生じない。また原告主張の主税局長通牒は、税務部内の訓示規定たる性質を有するに過ぎないから、これを欠いても右公売自体の違法を来すものではない。

(二) 国税徴収法には工場の土地又は建物の差押について工場抵当法第二条、第七条のような趣旨の規定はないが、同法による滞納処分において工場施設の一体的な把握の必要があることは工場抵当法の規整する場合と異るところはないのであるから、同法第二条、第七条の趣旨に則り、その土地又は建物の差押があれば、その効力はこれら不動産に備付の機械器具等に及ぶものと解すべきである。

(三) 本件公売が原告主張のように超過差押及び公売であるとしても、右(二)において述べたように工場の一体的な把握の精神殊に工場抵当法第七条の趣旨に則つたもので何等違法ではない。

(四) 仮りに、原告主張のような行動が被告楠本にあつたとすれば、それは同被告が公売物件を下見しようとして、原告から拒絶されることを虞れ、税務署長から鑑定を命ぜられたと称し、その目的を達したものであつて、このことは被告楠本のような職業的入札者間ではよく行われるところで、その一事例にすぎない。

(五) 本件公売に際し、原告主張の公売公告と公売期日との間に十日の期間をおかなかつたことは認めるが、右期間を短縮したのは税務署長において、差押物件の散逸するのを虞れるとともに、早急に公売する必要を認め、その期間を短縮したものであり、また右公売は昭和二十六年三月五日について、二度目の公売であるから規則第二十八条の規定の趣旨からいつて違法ではない。

(六) 宅地についての公売公告はなされている。

(七) 公売入札時間について原告主張(前示二、(七))のような事実が仮りに、あつたとしても、実害を生じていないのであるから違法原因とはならない。また、原告主張(前示三、イ(三))のように税務署長、斎藤係長が被告楠本を幇助したことにはならない。

(八) 本件公売について原告主張(前示二、(八)三、イ(三)(四))のように斎藤係長と被告楠本の事前連絡、協議及び原告に対し指図したなどの事実はない。

(九) 本件公売については入札が入保証金を要するものとはしていない。従つて原告主張(前示三、イ(三))のように税務署長、斎藤係長が被告楠本を幇助したということはない。

(一〇) 本件公売代金が公売期日に納入されていないことは認めるが、三月三十日には完納されている。被告楠本が落札代金及び自己振出小切手を以て納入し、その小切手は直ちに支払銀行において換金されているのであるから、同被告に公売代金領収書を交付したことについて違法の点はない。また公売を解除し再公売に付すべき場合には該当しない。従つて被告楠本の不法行為を幇助したとの原告主張(前示三、(イ)(二)(三))は問題とならない。

(一一) 国税徴収法第二十一条第二項の規定は税務部内の訓示規定に過ぎなく小切手による公売代金納入を禁止している趣旨ではないから、原告主張のような法令違反の問題は生じない。

しかして、原告が主張する違法原因の多くは手続上のかしであるが、その手続が主として単に行政上の便宜を考えて定められているもの、行政内部の訓示的規定として定められているような場合にはそのかしを理由として取消を行うことが却つて制度の目的を失い、公益を害することになる。例えば、原告主張の違法原因中(一)(五)(七)(九)(一〇)(一一)等は右理由により、仮りに原告主張のような事実が存在するとしても取消に値しないものであり、それは適法、有効な行政行為として関係公務員に不法行為は成立しない。

原告主張のように公売期日において最高入札者中村貞臣に落札決定したものであるが、同人の入札は無権代理人による入札であり、仮りにそうでないとしても、真意は滞納者たる原告が入札するのであるが、国税徴収法第二十六条の規定により禁止されているのでこれを脱法する目的でなされた脱法行為であり、仮りにそうでないとしても、中村貞臣の行為は真意でないことを知りながらなされ、且つ相手方たる税務署長において表意者の真意を知ることができた場合であつて、右のいずれの理由によつても無効である、従つて再公売に付すべき場合でないから再公売しなかつたのである。また前記に述べたような複雑な状況のもとで中村貞臣の入札を無効とし、同人に対する公売決定を取消し、見積価格を超えた次順位高額入札者である被告楠本を入札者と決定したことについて税務署長ら公務員に故意、過失はない、いわんや原告が主張するように税務署長ら公務員が被告楠本の請託を入れたということは全く事実に反する。

三、故意過失について、

原告が昭和二十六年四月二日口頭を以て本件公売における談合による不法を主張し、その取消を求め、同月十九日その他の理由を主張して文書によつて再調査を求めて来たので税務署長としては原告の主張する取消理由中談合行為があつたかどうかの点については調査に値するものと認めて調査することにした、その間同月二日税務署において被告楠本は岸本の主張を納得しないのみか、却つて岸本が被告楠本に説得された事実があり、又税務署員が殆んど連日に至つて被告楠本、岸本ら関係者から事情を聴取したものであるが、両者のいうところが異り、事案が複雑で、限られた手段によつてのみ調査をなしうる税務署としては事の真相について容易に確信を得るに至らないで、右五月七日に至つて原告の主張を事実と認め、前記のように公売処分を取消したものである。凡そ談合行為というものが常にかくれて行われる行為であり、確実な判断資料の得がたいものであることに鑑みればこの間一ケ月の推移は行政庁の行為として特に不当な遅延ということはできない。このように被告楠本に対する公売決定取消について特に税務署長らが本来取消すべき行為の取消を故意又は過失をもつて遅延せしめたとの事実はないのであるから税務署長らの右公売処分取消に際してなした処置に故意又は過失にもとずく不法行為があつたとする原告の主張は当らない。

四、損害額について、

本件公売物件全部の価額は六十六万円を出でないものであることは先に本件物件につき、昭和二十六年三月五日行われた公売(同月十九日取消さる)の際もほぼこれに等しい価格をもつて落札されていること、本件公売に参加した入札者がいずれもこれら物件の評価等について専門的な智識経験を有する者と認められ、その入札価格がいずれも右価格以下であることからも明らかであるが(特に談合に参加しなかつた訴外飯倉茂兵衛の入札価格が六十一万五百円であること。)なお、原告自身本件公売に当り、岸本が公売期日を流すため中村貞臣をして高価な入札をなさしめたと述べ、その入札価格が百三十二万円であつたという事実自体から右公売物件が原告主張のような数百万円に上る高価なものでなかつたといい得る。

五、相殺について、

原告主張の損害賠償債権が仮りに存在するとしても、租税債権とは原告主張のような損害賠償債権とは国税法の性質上相殺を許さないものと解すから原告主張は理由がない。

以上のとおりであるから本件差押及び公売について違法の点はなく、税務署長ら公務員について不法行為はないのであるから原告の請求には応じられない。』

被告楠本訴訟代理人は、『原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。』との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

『一、昭和二十六年三月二十六日に被告楠本は税務署長から原告主張の滞納税金徴収のため原告所有の主張のような物件を代金六十六万円で売却する旨の公売決定を受け、右代金を税務署に納入したこと、斎藤係長から公売代金領収書の交付を受けたこと。同年四月九日税務署長の所有権移転登記嘱託により原告主張の物件の所有権を取得したこと及び同年五月七日右公売処分の取消があり、その通知を同月九日被告楠本が受領したこと及び本件公売物件の一部を原告会社工場から撤去し、四月二十五日まで保管していたが、同日右保管中の物件とともに他の本件公売物件全部を売却したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(一) 被告楠本は税務署から公売落札決定書、公売代金領収書、公売物件目録各一通の交付を受け、直ちにこの旨原告に通知し、右買受物件の買戻方を原告に交渉したところ、原告はこれに応じたが、昭和二十六年四月一日金策不如意のため早急には買戻の履行に応じられない旨の申入れがあつたので、被告楠本は右買受物件のうち、有体動産の紛失を虞れ、原告に自己が保管する旨を通知し、一部物件を原告会社工場から引き取り、(差押物件十数点行方不明)同月二十五日迄保管し、その間原告と十数回に亘つて買戻の履行方を交渉したが、不調に終つた。そこで被告楠本は同日他の不動産とともに落札物件全部を売却したものである。右のように被告楠本は国税徴収法の規定による公売処分によつて本件物件を被告国から買受け売却したものであつて、適法な法規の運用は公務員の義務であるから右公売処分について不法行為が生じた場合は、原告は被告国に対し国家賠償法の規定に従つてその蒙つた損害の賠償を請求すべきであるから原告の請求は理由がない。仮りに右が理由がないとしても、原告と被告楠本との間に昭和二十六年四月三日公売物件全部について原告が七十六万円で買戻すこととし、同月十六日迄に原告が右代金を支払わないときは被告楠本は右物件を引き取つて差支えなく、原告は右物件を売却又は毀損されても一切異議を述べない旨の契約を締結したが、右約定の日に買戻代金を支払わないから、被告楠本に対し右物件の売却又は毀損について蒙つた損害の賠償を請求する権利はない。

二、被告楠本は税務署長から同年五月九日右公売処分取消決定の通知を受けたが、前記のように右物件はすでに他に売却済であるから原状回復はできないので、右取消通知には不承諾である旨税務署長に通知したが、右取消決定はその取消原因を欠いているから無効である仮りに右取消決定が有効であるとしても被告楠本は右税務署に納付した公売代金六十六万円の返還を受けていないのであるから、右物体の返還を請求される理由はない。仮りに右物件の返還請求ができるとしても、返還を求め得るのは被告国である。仮りに以上理由がないとしても被告楠本が右物件を他に売却した時期は前記のように右公売処分取消決定以前である。

以上のような理由で、原告の請求には応じられない。

三、以上仮りに理由がなく原告に損害があるとしても被告楠本の原告会社工場から引き取つた物件は、鉄レール七〇間時価五千円、電力電燈配線工事の残骸時価三千円、型枠側板、底板各百枚時価六千円、塀残骸(価値はない)及び建物(全部腐朽に近く焚物同様のもので、時価殆んどなく強いて評価もできない程度のもの)のみで、その他原告主張の物件は原告と被告楠本との間で右買戻交渉中いずれかへ運びさられたもので存在しなかつたのであるから、原告の蒙つた損害は売万四千円程度のものである。』

原告訴訟代理人は被告国の答弁に対し『(一)税務署長が本件宅地を差押えるに当り昭和二十五年九月二十六日土地登記簿につき調査をなしたというが、それは虚構の事実であり、同日調査をすれば右抵当権設定登記のあることは知り得た筈である。仮りに差押当時右登記がなかつたとしても、公売を為すに当つて登記簿を調査し抵当権者があれば、その者に公売通知をなし、公売に参加する機会を与えるべきであり、又原告は税務署長に対し前記のように昭和二十六年三月三十一日以降屡々この点の違法を指摘し公売処分の取消を請求したのであるから、公売処分完了(公売物件引渡)前に知り得たならば、抵当権者保護の見地から、直ちに公売処分を中止して適法の通知をなした上、改めて公売に付すべきである。(二)国税徴収法にもとずく滞納処分につき、特別の法的根拠なくして工場抵当法の規定を採用することはできない。(三)本件宅地の賃貸価格は四百八十三円六十六銭、建物は七百五十六円であり、昭和二十五年地方税法において国定資産税は土地、建物とも、賃貸価格の九〇〇倍を課税標準とし、又登記における登録税算定に際しても土地八〇〇倍、建物九〇〇倍を以て算定されていることは公知の事実である。これによつて算定すれば、土地は八〇〇倍として三十八万六千九百二十八円、建物は九〇〇倍として六十八万四百円で、右合計額は百六万七千三百二十八円となり、これに機械器具時価四百七十万四千四百七十七円を加えれば、税務署の本件物件全部の公売代金六十六万円が如何に低廉、不法のものであるかが明瞭であるか、右登録税の基準たる評価額は当時の時価よりも低いこともまた公知の事実である。現に本件宅地二、一〇七坪八合のうち一、八六七坪二合五勺を昭和二十六年十二月東京都知事は実測坪二、一〇三坪二合五勺実測当り八〇〇円計百六十八万二千七百二十八円で東京都財産価格審査会の決議を経て購入しておる事実からみても右宅地二、一〇七坪当り八百円として百七十三万六千円の価格あるものであるから、これに建物、機械器具を加えれば、右差押及び公売処分の違法であることは明瞭である』と述べ、被告楠本の答弁に対し『被告楠本の主張する買戻契約が原告との間に締結されたことは認めるが右契約はその約旨から明らかなように右公売処分の有効であることを前提としており、前記のように右公売処分が取消された以上その前提を欠き、その効力を失つたものである。又被告楠本は右契約において四月四日迄に引取物件を原告会社工場に返却すると約しながら、これを履行しないで、同月七日右契約を一方的に解除したのであるから、これらの点からも右契約は無効となつたものである。』と述べた。

<立証省略>

理由

原告がその請求原因一において述べたところは、本件当事者間に争いがない。

(被告国に対する関係)

一、違法原因について、

(一)  原告は税務署長が本件差押及び公売の通知を太陽商社に発しないのは、違法であると主張するので判断するに、太陽商社が本件差押物件のうち宅地、建物について昭和二十五年九月二十六日工場抵当法第三条所定の抵当権設定登記をなしたこと及び税務署長から太陽商社に対し右差押及び公売の通知をしなかつたことは被告国の認めるところであるが、規則第十二条第一項の規定によつて抵当権者に通知をなす趣旨は、原告が主張する抵当権者に抵当物件の公売に参加する機会を与えるとい点にあるのではなくして、抵当権者に対しその権利行使の機会を与えるため規定されたものと解すべきである。そうだとすれば、右通知の欠缺によつて抵当権者たる太陽商社に対する権利侵害があるとしても、原告に対する法律上の利益の侵害があるとはいえないのであるから、太陽商社がこの点の違法を争うならば格別、原告において、この点を滞納処分の違法事由として主張することは許されないと解するを相当とするので、その余の判断をするまでもなく、原告のこの主張は理由がない。

(二)  本件差押物件のうち、建物内備付の機械器具について差押がなされていないこと及び原告主張の日に税務署長から、右宅地建物についてそれぞれ差押がなされたことはいずれも当事者間に争いがないから被告国主張の国税徴収法による滞納処分について工場抵当法の場合と同じく、右宅地、建物の差押により、その差押の効力が右建物内備付の機械器具に及ぶかどうかについて考えるに、工場抵当法第二条ないし第七条の趣旨とするところは工場に属する土地建物と工場抵当法第二条所定の附加物及び備付物とは一体となつて工場経営の用に供されている限り独立した工場財産として取引上特殊な価値を有し、これを各個の不動産、動産などに分解するときは、工場財産の構成分子として有していた価値は消失し、その価値の総和は全体として工場財産の価値より著しく低下するとともにこれを各別に担保に供するときは同時に企業の廃止を招来せしめる虞れがあるから、工場財産を構成する土地、建物及び工場抵当法第二条所定の物件を工場経営の用に供されている儘で、しかも最大の価値において、担保化するがため、これを工場財産なる一個の集合物を作り、それを抵当権の客体として、工場所有者は金融の便を受け、又抵当権者などの投資の安全を保障しようとする点にあると解せられるところから考えれば、国税徴収法の規定による滞納処分について、行政庁として税務署長と誰も、前記法条の趣旨を無視することはできないのであつて、差押を為すに当り、特に工場所有者において同法第二条第一項但書、同条第二項、第六条各項の規定に該当する措置をとつたと認められる場合及び工場としての機能を喪失して個個の動産、不動産が工場経営の用に供されていない場合などの外は、個々の物を差押えることは却つて違法であつて、同法第二条ないし第七条の規定を遵守しなければならないと解せられる点から鑑みれば、同法第七条第一、二項所定の差押のうちには滞納処分による差押をも包含するものと解するを相当とする。しかして本件機械器具が原告会社工場における附加物ないし備付物たる性格を有する工場経営上の財産となつていたものであることは当事者間において、その弁論の全趣旨からみて争いがないところであるから同法第七条の規定によつて建物内備付機械器具について別に動産に関する差押手続をする必要はないと解するを相当とする。従つて右宅地、建物についてなされた差押の効力は本件機械器具に及ぶといえるものであるから、右機械器具について差押手続をしないで公売に付しても、原告主張のような違法の点はないので、原告のこの主張は採用しない。

(三)  原告は本件差押は超過差押及び超過公売であり、又不当に廉価で公売された違法の公売処分であると主張するので、これらの点について検討するに、先づ超過差押が違法であるかどうかについて考えるに、原告の滞納税金が二十九万二千二百七十九円であることは当事者間に争いがないところ、滞納処分としての差押は公売処分と異り一時その財産の処分を止める保全処分に過ぎないのであつて、公売処分のように財産権の喪失を来すべきものでなく、又現行法において差押に際し差押物件の価格を予定する規定がないのであるから、税務署長は滞納税金徴収のため必要なりと認める範囲において任意に滞納者の財産を差押えることができ、その差押財産の範囲及び価格については税務署長の裁量に委ねられていると解せられるけれども、税務署長が右自由裁量にもとずいて差押をしたとしても、その差押物件の価格が滞納税金に比較して社会通念上著しく多額のものであるときはその差押は右裁量の範囲を逸脱して違法であるということができるが、本件差押物件には工場抵当法第三条所定の抵当権が設定されていたことは弁論の全趣旨から当事者間に争いがないところであるから、前記(二)において判断したように特段の事情のない限り個々の物件の差押は却つて違法となるから本件差押物件の価格が滞納額に比較して著しく超過しているという原告主張を以て直ちに、税務署長のなした本件差押が違法であるということはできない。次に本件公売が超過公売であるから違法であるとの点について考えるに、仮りに原告主張のように本件公売が超過公売であつたとしても、右差押について判断したと同じ理由で個々の物件を公売することは却つて違法であつて、原告主張の超過公売の点を以て本件公売処分が違法であるということはできない。次に本件公売価格が不当に廉価であるかどうかについて考えるに、税務署長は被告楠本に対し本件差押物件を代金六十六万円で落札したことは当事者間に争いがないから、税務署長が本件差押物件を公売するに当つてなした見積価格は右六十六万円より少いものであることが推測できるところ、成立に争いがない甲第二十一号証、第二十二号証、第二十三号証の一、二、原告会社代表者岸本本人の第二回供述により真正に成立したと認められる甲第十三号証の二ないし五、九ないし一二、第十六号証、第十七号証及び原告会社代表者岸本本人の第二回供述を綜合すれば、本件宅地については四百八十三円六十六銭、建物については七百五十六円がそれぞれその賃貸価格であること、地方税法第四百十二条の規定により昭和二十五年度に限り右土地、建物の賃貸価格の九百倍を固定資産税の課税標準としていること、この計算によれば宅地の価格は四十三万五千二百九十四円、建物の価格は六十八万四百円計百十一万五千六百九十四円となること、本件宅地二、一〇七坪八合のうち一、八六七坪二合五勺を昭和二十六年十二月東京都知事は実測二、一〇三坪四合一勺として実測坪当り八百円計百六十八万二千七百二十八円で東京都財産価格審査会の決議を経て都営住宅用地として購入していること及び本件建物のうち別紙目録(三)記載の建物八棟の建築価額は二百五十三万千円であつて、右建物を被告楠本が取壊当時は右建物の材料である木材価額三割、金物四割、その他二割の物価高騰があり、これを加算すれば三百二十万九千八百円となり、この金額から建物の耐用年数から使用年数を償却すると二百九十五万四百五十五円となることならびに同目録記載の機械器具について右建物と同様の計算によつて四百七十万四千四百七十七円となることなどの事実を考え合せるとその他の公売物件の価格を案ずるまでもなく、本件見積価格は著しく低廉であるものといわなければならない。

右認定に反する証人斎藤栄三の第一、二回、同高松礼之助の第二回の各証言及び被告楠本本人の供述は、にわかに信用しがたいところである。従つて税務署長が本件差押物件を代金六十六万円として落札したことは、右差押物件の公売当時の時価に比較して著しく低廉な価格をもつてなした違法の公売処分であるといえるから、原告主張のその余の違法原因について案ずるまでもなく、本件公売処分にはかしがあるといえる。しかして、右の程度のかしは未だ本件公売処分を無効ならしめる程度に重大かつ明白なかしということはできなく単に、取消し得べき程度のかしと解すべきである。そうしてその他原告主張の違法原因が仮りにあつたとしても、右と同じように無効ならしめる程度のかしとはいえないのであつて取消し得べき程度のかしたるにすぎないものと解するから、原告主張の本件公売処分は当然無効であつて、原告はその所有権を失わない者の主張は採用しない。されば、原告は本件公売処分によつて右公売物件の所有権を喪失したということができる。

二、故意、過失について、

(一)  原告は、税務署長は、原告の滞納税金を徴収するには本件物件の一部を差押え、それを公売すれば、その目的を達することを知つているに拘らず、故意にその物件全部を差押え(但し機械器具を除く)、本件物件全部に廉価で公売に付した旨主張するので、案ずるに、前示違法原因(三)において判断したように超過差押については何等咎むべき点はなく、又本件差押物件の一部を公売することは却つて違法であるけれども、本件公売は叙上説示のように不当に廉価でなされた違法の公売処分であるから、この点について税務署長らに原告主張のような故意があるかどうかについて考えるに、この場合故意とは自己の行為が違法であることを知りつゝ行うことであるから公売物件の価格が落札額に比較して著しく多額であり、違法処分と認定されたからというて、この一事を以て直ちに税務署長らに故意があると推断すべきではない。

本件についてみるに、成立に争いない乙第四号証、証人斎藤栄三の第一回証言によつて真正に成立したと認められる甲第十四、五号証に、証人斎藤栄三(第一、二回)同稗田博、同戸崎文弥、同高松礼之助(第一、二回)の各証言及び原告代表者岸本本人の第二回被告楠本本人の各供述を綜合すれば、本件公売物件の見積価格は斎藤係長ら税務署員は六十万円以上六十六万円の間に評価し(評価額については主張がない。)、この見積価格について東京国税局の許可を得ていたこと。公売期日に飛び入りの入札者飯倉茂兵衛(この点は当事者間に争いがない。)の入札価格が六十一万五百円であつたこと、被告楠本は税務署に出入りし、公売などに経験を有していた古物商であるが、入札価格を六十六万円とし、原告からの買戻請求に対し最初は百三十五万円といつていたが、結局斎藤係長の斡旋があつたとはいえ、七十六万円で妥結していることを認めることができる。以上認定事実を考え合はせると税務署長、斎藤係長らが本件公売価額が不当に廉価であることを知りつゝ被告楠本に対し六十六万円で落札したと認めることはできないけれども、公売に当つて税務署長は客観的な市価を標準とし、その財産の妥当な価格を見積るべき法律上の義務があり又前示違法原因(三)において述べたように、本件土地、建物の賃貸価格及びその倍率による固定資産税課税標準ならびに近隣の土地の時価、右建物、機械器具の取得価格及びその耐用年数ならびにその使用年数は容易に知ることができ、これら調査の結果と右建物、機械器具の現況によりその損耗の程度を参酌し、工場抵当法第二条所定の物件として本件差押物件を一体としてその見積価格を算定する義務があるのに拘わらず、証人斎藤栄三の第一、二回、同稗田博、同戸崎文弥の各証言を綜合すると、本件不動産の評価は斎藤係長が同税務署総務課徴収係訴外島崎事務官の報告にもとずいてその現況を調査しないで、単に相続税法によつて、その算定は賃貸価格にある倍率をかけて計算し、機械器具については斎藤係長の前任者訴外飯倉道雄が公売するに当つて算定した評価を前示島崎事務官に右機械器具の現況を見分させ、その儘承継していること及び右飯倉道雄がなした右機械器具の公売は工場抵当法の規定を無視して不動産と分離して公売したとの理由で取消されたことが認められる。従つてこの認定事実から本件差押物件を工場抵当法第二条所定の物件として評価しないで、個々の動産、不動産として評価したこと、斎藤係長らの係官が前示の義務を尽さなかつたことが推認できること及びさきに違法原因(三)の部分において説明したように本件公売物件のうち別紙目録(三)記載の建物、機械器具だけでも時価七百六十万九千九百三十二円相当の物件であることなどを考え合せると、本件差押物件の評価に当つた斎藤係長らは前示注意義務を尽さなかつた過失があるという外なく、又斎藤係長らの評価をその儘採用し本件差押物件を六十六万円という不当に廉価で公売処分をなした税務署長もまた過失を免がれないという外はない。

(二)  原告は税務署長、斎藤係長らと被告楠本間に共謀の事実があると主張し、その請求原因三、イ(二)ないし(四)において具体的な事実を掲げているけれども後記被告楠本に関する部分において判断するように、右共謀の事実は認めることはできない。

(三)  原告が本件公売処分の取消を四月一日以降屡々口頭で税務署長、斎藤係長その他係官に、又同月十九日付再調査請求書を以て請求したことは当事者間に争いがないところ、原告は税務署長が右取消請求に応じて同月一日から同月十一日頃までにその取消決定をしたならば別紙目録(三)記載のような損害を受けなかつたのに、税務署長は故意又は過失によつてその取消をしなかつたため右の損害を受けたのであるから被告楠本と共同してその損害を賠償する義務がある旨主張するけれども、国税徴収法第三十一条の二第一項、規則第三十一条の二によれば、再調査の請求をする者は書面を以てすることを要件とし、その記載内容について、当該処分に係る事項、その不服の事由ならびに請求者の氏名、住所又は居所を記載し証拠書類を添付してなすべきことを規定しているところから考えれば、口頭による調査請求は許されないものと解する。たゞこれによつて税務署長が自発的に矯正手段を講ずる場合があるが(原告はその請求原因三、イ、(五)において本文記載のような矯正手段を四月十一日税務署長が自発的に採つた事実を主張しているが、成立に争いない甲第六号証、乙第五号証、証人斎藤栄三の第一回、同戸崎文弥、同高松礼之助の第一回の各証言及び被告楠本本人、原告会社代表者岸本本人の第一、二回の各供述によつて、四月十一日斎藤係長は税務署長から原告の面倒をみてやつてくれと依頼されて、独断で本件公売処分を取消す旨被告楠本宛打電したことが認められる。右認定に反する成立に争いない甲第六号証、原告会社代表者岸本本人岸本亀治の第一、二回の供述の一部は信用しない。従つてこの主張は採用しないから、本文にいうような矯正手段を税務署長が講じたということはできない。)この場合でも右口頭による再調査請求は単に税務署長の右自発的矯正行為を促す程度のものであるから右口頭による再調査請求によつて税務署長が直ちに矯正手段を講じなくても、これを以て税務署長に故意又は過失があるということはできない。次に右再調査請求書について考えるに、規則第三十一条の二に規定する証拠書類を右再調査請求書に添付しなくとも、事案によつては必ずしも証拠書類が存在しているとは、限らず、他に証明方法もあるから不適法とはいえないが、証人稗田博の証言に後記被告楠本に対する関係部分で判断するところを綜合すれば本件公売期日において談合行為が行われたこと、談合行為の性質上、確実な判断資料を短日時の間に得られないこと、事案が複雑で、税務署長としてはその真相をたやすくし把握できなかつたため、入札関係者全員について調査したがその供述するところが異り事実の真相について確信を得るのに日時を要したことなどが認められる。以上認定事実を考察すると原告が右四月十九日再調査請求書提出から右公売処分取消のあつた五月七日までの調査に要した日時としては前述したような事案としては必ずしも不当に遅延したということはできなく、又税務署長、斎藤係長らにその間故意又は過失を認める証拠はないから、この主張は採用できない。

三、因果関係について、

本件公売処分が取消されたのは五月七日であり、右通知を被告楠本が受け取つたのは同月九日であることは当事者間に争いがない。本件公売物件の所有権は右公売処分によつて被告楠本が一旦取得したが右公売処分取消決定によつて再び原告に移転したというべきである。しかして、滞納処分による公売処分について違法があつて、その違法が公売処分の当然無効をきたす場合の外、単に取消し得べき程度の違法がある場合は(本件はこの場合に当ること被告国に対する違法原因(三)において判断したとおりである。)いやくしも公売手続が執行されたと認められる以上、その処分は訴願の裁決もしくは裁判所の判決によつて取消されない限り一応効力を有し、落札者がその所有権を取得し、該物件を他に売却しても何等咎めることはできないから、売却行為によつて損害を受けた者は公売処分の違法の点等所定の要件を指摘して国家賠償法第一条の規定にもとずいて、同条項所定の国又は地方公共団体にその賠償を求めるべきである。本件についてみるに原告会社代表者岸本本人の第二回供述によつて真正に成立したと認められる甲第十三号証、乙第十号証、丙第一、二号証、証人高松礼之助の第一回の証言及び被告楠本本人、原告会社代表者岸本本人第二回の各供述ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば、本件公売物件のうち別紙目録(三)記載物件全部は四月一日原告会社に存在していたこと、被告楠本は同目録記載の日に原告会社工場から同記載の物件を撤去、取壊したこと、原告、被告楠本間で、本件公売物件の買戻代金七十六万円支払期日四月十六日被告楠本が四月一日原告会社工場から撤去した同記載物件を四月四日まで返却する旨の買戻契約が成立したが、右契約は結局不履行に終り、被告楠本は四月一日撤去した同目録A記載物件を同月十六日頃他に売却したこと及び右売却物件のうち同目録A(二)、(四)記載物件は原告の所有ではなく、中谷藤吉の所有物であることなどが認められる。右認定に反する乙第五号証証人高松礼之助の第一、二回の各証言及び原告会社代表者岸本本人の第一、二回、被告楠本本人の各供述の一部は信用しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて、原告は、被告楠本は右四月一日撤去物件と四月二十日までに原告会社工場から撤去し、保管中の機械器具とを右同日頃売却し右公売処分取消以前に撤去した売却物件以外の物件を右撤去の頃売却したと主張するけれども、右認定の売却物件以外の主張の物件を被告楠本が右公売処分取消通知受領以前に売却したと認め得る証拠はない。従つて税務署長、斎藤係長の前示認定の過失によつて被告楠本をして右目録A(一)、(三)記載物件を前記のように四月十六日頃他に売却せしめ、五月七日右公売処分取消があつても原告の右物件回収を不能にし、その所有権を喪失せしめたといえるから、右公務員らは右物件に対する原告の所有権を過失によつて侵害し、原告に対し、右物件の売却当時の時価と同額の損害を与えたということになるけれども、右公売処分取消通知を被告楠本が受け取つた五月九日までに同被告が撤去した右目録BないしF記載物件について右五月九日までに被告楠本が売却したと認めることができない以上、特別の事情のない限り右公売処分取消の結果、該物件は原告の所有に帰し、被告楠本が前記認定の撤去行為によつて該物件を占有していても、その所有権は原告に存し、その回収を図ることは不可能ではないのであるから、同被告の各撤去行為が税務署長らの前示過失に基因するといつても、該物件の売却に因る損害についてまでも右税務署長らの過失によつて生じたということはできないのであつて、被告楠本の右売却行為によつて原告の受けた損害は税務署長らの前示過失とは因果関係を欠き、又右五月九日以降被告楠本が撤去、取壊し売却したと主張する同目録GないしL記載物件について前記説明したように右物件の所有権は原告に復帰しているのであるから、被告楠本の右物件の売却行為は税務署長らの前示過失とは関係なく同被告の単独による不法行為が問題となるのであつて、被告国には何等不法行為上の責任はないことになる。

四、損害額について、

よつて進んで別紙目録(三)A(一)、(三)記載物件に対する原告所有権喪失によつて受けた損害額について判断するに、原告会社代表者岸本本人の第二回供述によつて真正に成立したと認められる甲第十三号の三、四、第十六号証成立に争いない甲第二十一号証に原告会社代表者岸本本人の第二回供述を綜合れば、右物件の前記不法行為当時の価格は右目録A(一)、(三)記載のとおり合計百四十二万九千四百十円であつたことが認られる。右認定に反する証人斎藤栄三、同高松礼之助の各第二回の証言及び被告楠本本人の供述は信用せず、他にこれを覆すべき証拠はないから被告国は原告に対し右百四十二万九千四百十円の損害を与えたことになる。

五、相殺の主張について、

原告が被告国に対して負担する滞納税金二十九万二千二百七十九円を昭和二十九年十二月六日本件口頭弁論において、前示主張の損害金と対当額で相殺する旨意思表示をなしたことは被告国の認めるところであるが、被告国は右相殺は租税債権の性質上許されないと主張するけれども、国税徴収法第二、三条の規定によつて国は、国税を納税人の財産から徴収するに当つて一般の債権者に優先してこれを取り立て得ることは明らかであるが、国税は右優先徴収権が認められている外、他の債権と何等その性質を異にするものではないと解すべきであり、納税人が国に対し債権を有する場合、右債権がたとえ国の不法行為による損害賠償債権であつたとしても、該債権と国税との相殺を禁ずる規定が国税徴収法その他の法令に存在しない以上、該債権を自動債権として国税と対当額で相殺することはできると解するを相当とするので、原告の右損害額と前示滞納税金債務とは対当額において相殺によつて消滅したことになるから前示認定の損害額百四十二万九千四百十円から右滞納金二十九万二千二百七十九円を差引くと残額百十三万七千百三十一円となる。

六、結論、

原告は被告国に対し被告楠本と共同不法行為者としてその責任を求めているのがその理由のないことは叙上説示したところにより明らかであるから、被告国は国家賠償法第一条第一項の規定により、原告に対し前記百十三万七千百三十一円の支払義務があるとともに前記相殺の結果被告国は原告に対し別紙目録(一)、(二)記載物件に対する同記載の差押はその理由がないからその差押登記を抹消する義務がある。

(被告楠本に対する関係)

一、故意、過失について、

原告の主張するところを以下逐次判断するに

第一税務署長、斎藤係長らと被告楠本との共謀について、

(一) 原告は右公売期日における入札は、税務署長、斎藤係長が被告楠本の請託を容れ中村貞臣の入札を無効とし、再公売に付さないで、本件公売物件の鑑定人である同被告に公売決定した旨主張するけれども、この主張に符合する成立に争いがない甲第六号証、乙第一号証、第四号証ないし第七号証に、証人田中修の証言及び原告会社代表者岸本本人及び被告楠本本人の各供述はたゞちに採用し難く、成立に争いがない乙第二号証、第三号証、第五号証ないし第八号証に、証人斎藤栄三の第一回同稗田博、同高松礼之助の第一回の各証言及び被告楠本本人の供述を綜合すれば、原告は右公売期日以前に本件公売物件を被告楠本から買戻すように種々手段を尽していたこと、公売期日において、飯倉茂兵衛という飛び入りの入札を排除するため被告楠本の指示によつて、岸本は中村貞臣名義の入札をすることとして原告会社社員訴外田中修が高松礼之助に依頼し、同人をして右中村名義の入札書に所要事項を記入させ、右田中が拇印して入札し、中村の代理人を装うて斉藤係長の許に行つたこと、税務署長は右中村に落札することにしたが、斎藤係長は右中村の入札が一番札であり、二番札との間に六十万円のひらきがあつて、余りにもその幅が多すぎること、当日中村は不参であつたこと、中村の入札書には印鑑の押印がなく、拇印してあつたこと、中村が実在するかどうかなどに疑問を抱き、その真偽を確認しようとして、当時港区役所に勤務していた中村の妻に問い合せたところ入札のことは知らないと返答されたこと、税務署長は斎藤係長の右報告にもとずいて中村の入札を無効とし見積価格以上の次順位高額入札者である被告楠本に同月三十日落札決定したものであること、右中村は田中から頼まれて入札に要する委任状を同人に渡さないで、単に入札名義に入札名義を貸したに過ぎなかつたので、右公売物件を買う意思はなかつたこと及び斎藤係長は被告楠本に右公売物件の鑑定を委嘱したことはないことなどが認められる。しかして、原告主張の規則第二十七条による再公売の場合は落札者が公正な入札手続によつて落札を受け、その代金を納入できない場合を規定したものであつて、右認定の場合とは著しく異るところであるから、右認定の事実に沿うて税務署長が中村の入札を無効とした右措置は妥当という外はない。又税務署長、斎藤係長らが被告楠本の請託を受けたとの原告主張の事実を認めるに足る証拠はなく、他に税務署長、斎藤係長にこの点の権利侵害の故意があつたと認めるに足る証拠はないから原告のこの点の主張は採用しない。

(二) 原告主張の(三)について判断するに、

(イ) 原告は被告楠本が入札加入保証金を納入しない入札適格を欠くものであることを税務署長、斎藤係長は知りながら故意に同被告に落札決定した旨主張するので判断するに、成立に争いない甲第三号証、第六号証、原告会社代表者岸本本人の第一、二回の供述により真正に成立したと認められる甲第十二号証、証人田中修、同高松礼之助の第一回の各証言及び原告会社代表者岸本本人の第一、二回の供述を綜合すれば、本件公売公告には各自見積価格の百分の五の入札加入保証金を要するものとしていたことが認められる。右認定に反する証人斎藤栄三の第一、二回同島崎良助の各証言は右各証拠に照し、信用しない。しかして、被告楠本が入札加入保証金を納入していないことは被告国の認めるところであるから規則第二十条第一項の規定に反し、又本件公売公告に従わないかしがあるけれども、右条項の文言によつて明らかなように入札加入保証金を徴するや否やは公売執行者の裁量に委ねられていること及び同条項によつて入札加入保証金を入札者に提供させる趣旨は、同条第三項の没収により落札人にその義務を履行させるとともに不誠実な入札の行われるのを防止する点などにあると解すべきである。従つて、本件公売に際し右認定のかしがあつても、後記のように被告楠本の公売代金は納入されているのであるから、この点のかしは治ゆされたものと解するを相当とする。

(ロ) 原告は税務署長、斎藤係長は公売公告の時間を経過した入札であることを知りながら被告楠本に故意に落札決定したと主張するけれども、仮りに原告主張のように公売公告に定められた時間を経過した後の入札であつても、違法ということはできないし、右公務員らに原告主張のような故意があるという証拠はない。

(ハ) 被告楠本が公売代金を現金及び自己振出小切手を以て納入したことは当事者間に争いがないところ、原告は、斎藤係長は右小切手が不渡小切手であることを知りながら故意に同被告に代金領収書を交付したと主張するけれども、税務署長が被告楠本に落札決定したのは前示(一)において認定したように三月三十日であるところ、被告楠本は即日公売代金を納入し、原告主張の右小切手は翌三十一日支払銀行において換金されていることは成立に争いない乙第九号証の一、二によつて明白であるから原告主張の斎藤係長が被告楠本に代金領収書を交付したことについて何等咎めるには当らない。証人斎藤栄三の第二回証言及び原告会社代表者岸本本人の第一、二回の各供述中右認定に反する部分は信用しない。

以上原告は(イ)ないし(ハ)の場合再公売に付すべき場合であることを知りながら、右公務員らは故意に再公売に付さなかつたと主張するけれど、再公売に付すべき場合は規則第二十六条、第二十七条所定の場合であつて、右原告主張の(イ)ないし(ハ)の場合はいずれも、右条項によつて再公売に付すべき場合ではないから、税務署長が再公売に付さなかつたとしても何等違法の問題は生じない。

(ニ) 原告は本件公売物件について差押保管解除通知書は発行されなかつた旨主張するけれども、仮りに原告主張のように右通知書が発行されなくても、税務署長が落札者を決定し、落札者が落札代金を納付したときその所有権は落札者に帰するのであり、右差押保管解除通知は差押物件の保管者に公売決定のあつたこと及び保管の責任解除を知らせるための事務的な通知であると解すべきであるから、本件において右通知書が発行されなくとも被告楠本が原告の権利をそのために侵害したということはできない。

以上の次第であるから税務署長、斎藤係長が被告楠本の不法行為を幇助したとの原告の主張は当らない。

(三) 原告は、斎藤係長及び被告楠本は右公売期日における入札について事前打合せをなし、同人らは原告に対し本件公売物件の買戻方を奨めたのであるから本件入札は斎藤係長と被告楠本の共謀による不法入札であり、原告の権利を侵害した旨主張するけれども、被告国に対する二、(一)及び三、において判断したように四月二日斎藤係長は岸本の懇願によつて被告楠本に対し、その落札物件を原告に売却するよう斡旋し、同被告が最初百三十五万円というのを、落札代金六十六万円に十万円を加算した七十六万円で売買契約を成立させたことが認められる。斎藤係長の右斡旋行為は公売執行関係官として世人の誤解を招き、穏当な措置とはいえないが、斎藤係長は原告の懇請によつて原告に同情して右斡旋行為をなしたものと右認定事実及び弁論の全趣旨から推認できるところであり、また本件入札について斎藤係長、被告楠本が共謀し入札について事前打合をなし故意に原告に対し本件公売物件の買戻を奨めたとの原告主張事実を認めるに足る証拠はない。成立に争いない甲第六号証、乙第一号証、第五号証ないし第七号証及び証人田中修の証言ならびに原告会社代表者岸本本人の第一、二回の各供述の一部を以てしても、原告主張事実を認めることはできないから原告のこの主張は採用しない。

(四) 原告は、税務署長は原告からの右公売処分取消申請によりその違法であることを知りながら、被告楠本の請託を入れ、故意に何等法的保全措置を講じないばかりでなく、本件公売物件のうち宅地、建物について主張の日に所有権移転登記手続の嘱託をなした旨主張するけれども、被告国に対する二、(三)において判断したように原告の右公売処分取消請求に対し、直ちに税務署長がその矯正手段を講じなくとも何等咎めるところはなく又被告楠本の請託を入れ故意に法的措置を採らなかつたと認める証拠はないので、税務署長が原告主張の所有権移転登記の嘱託をなしたことについて何等非難する点はないから、原告の右主張は採用しない。

第二被告楠本の故意、過失について、

(一) 本件公売処分が五月七日取消され、その通知を被告楠本が同月九日受取つていることは被告楠本の認めるところである。従つて被告楠本は右公売処分の取消の通知を受取つたときから、特別の事情のない限り、右公売物件の所有権は原告に移転したことを知つていたと解するを相当とする。しかして前記被告国に対する因果関係の部分において判断したように被告楠本が右公売処分取消通知受領以前に売却した物件については、自己の所有物を売却したに過ぎないのであるから、同被告に故意又は過失の問題を生じない。原告は被告楠本は右目録F記載物件を税務署長から引渡を受けないのに同記載の日原告会社工場から撤去した旨主張するので判断するに、被告国に対する前示因果関係の部分において判断したように右目録(三)記載物件全部は四月一日原告会社工場に存在し、同記載の日、被告楠本が撤去、取壊したことが認められるが、前記第一、(二)において判断したように被告楠本が仮りに税務署長から本件公売物件の引渡を受けなくとも、自己の所有物を撤去したに過ぎないのであるから、被告楠本が原告主張のように税務署長から右物件の引渡を受けないで撤去してもこれを以て同被告が原告の権利を侵害したということはできない。そうして、原告は被告楠本が右目録AないしF記載物件を右公売処分取消通知受領以前に売却したことは認めるところである。そうだとすれば、被告楠本は右物件を自己の所有物として撤去、売却したにすぎないのであつて、原告に対する不法行為の責任はないものといわなければならない。

(二) 原告は、仮りに右目録AないしF記載物件について被告楠本に不法行為責任がないとするならば、右公売処分取消によつて被告楠本は右公売処分の日に遡つて本件公売物件を原状に復する義務があるのに売却してその回復を不能にしたのであるから民法第四百十五条の規定によつて原告の受けた損害を賠償する義務がある旨主張するけれども、仮りに原告主張のように右公売処分取消の効果が右公売処分の日に遡るとしても前示第二、(一)に説明したところから明らかなように、被告楠本に、右原告主張の債務不履行についての故意又は過失も認めることはできないから原告のこの主張は採用しない。

(三) 原告は、被告楠本は右公売処分取消通知を五月九日受領しているのに、故意に右取消を無視して右目録GないしL記載物件を同目録記載の日に撤去し、その頃売却した旨主張するので判断するに、右公売処分取消通知を被告楠本が五月九日受取つていること及び原告主張の右物件を同被告が売却したことはいずれも当事者間に争いがなく、被告国に対する三、において判断したように、被告楠本は原告主張の右物件を右公売処分取消通知受領後である原告主張の日に撤去、取壊したことが認められるところ、被告楠本は右物件は右公売処分取消以前の四月二十五日売却したと主張するけれども、これを認めるべき証拠はない。されば、以上各事実を考え合せると、特段の事情のない限り被告楠本は右公売処分の取消以後右物件の所有権が原告に移転していたことを知りながら、これを撤去、取壊し、売却したものであつて、被告楠本の右行為は原告の右物件に対する所有権を故意に侵害したものといわなければならない。

二、被告楠本の主張について、

(一)  被告楠本は、国税徴収法の規定により本件公売物件を被告国から買受けたのであるから右公売処分について不法行為が生じた場合は、原告は被告国に対し国家賠償法にもとずいてその蒙つた損害の賠償を請求すべきである旨主張するので判断するに、右公売処分による落札決定は一面国家と落札人間における私法的行為であること被告楠本の右主張のとおりであるが、本来公売処分における落札決定は公法上の行為であり、原告は本件公売処分を契機として生じた被告楠本の故意、過失の責任を求めているのであつて、右被告楠本の故意、過失によつて原告に与えた損害を被告国が負担しなければならない理由はないのであるからこの主張は理由がない。

(二)  被告楠本は原告、被告楠本間に昭和二十六年四月三日公売物件全部について原告が、七十六万円で買戻すこととし、同月十六日迄に原告が右代金を支払わないときは被告楠本は右物件を引き取つて差支えなく、原告は右物件を売却又は毀損されても一切異義は述べない旨の契約を締結したが、原告は右約定の日に買戻代金を支払わないから、被告楠本に対し右物件の売却又は毀損について蒙つた損害の賠償を請求する権利はない旨主張し、右主張のような契約のあつたことは原告の認めるところであるが、右契約はその約旨からみて明らかなように右公売処分の有効であることを前提とするものといえるから公売処分が取消された以上その前提を欠き当然その効力を失つたものというべきである。従つて被告楠本の右主張は理由がない。

(三)  被告楠本は本件公売物件全部の売却の時期は前記公売処分取消決定以前の四月二十五日である旨主張するけれども、前示一、第二、(一)及び(三)において判断したように別紙目録(三)AないしF記載物件については採用できるがその他の撤去、取壊物件の売却について被告楠本のこの主張は採用できない。

(四)  被告楠本は右公売処分取消決定はその取消の原因を欠き、無効である、又公売代金として納入した代金六十六万円の返還を受けていないのであるから右物件の返還を請求される理由がない旨主張するけれども、取消の原因を欠く無効のものであることについてなんらの証拠もないし、又証人稗田博の証言によれば右公売処分取消決定があつたので被告楠本に右代金を返還する旨の通知を出したが、同被告は受領しないので、供託してあることが認められるし、また仮りに公売代金の返還を受けていないからといつて、公売処分取消決定の効力になんらの影響を及ぼすものではないというべきであるから、右主張はいずれも理由がない。

(五)  本件公売物件の返還を求め得るのは被告国であつて、原告ではない旨主張するけれども、右公売処分取消の結果、右物件の所有権は被告楠本から原告に移転し、被告国の差押状態におかれるが、前記被告国に対する判断のうち相殺の点において判示したように右相殺の結果、右差押は解除されることになるので右主張は理由がない。

三、損害額について、

(一)  よつて進んで別紙目録(三)GないしL記載物件に対する所有権喪失によつて原告の受けた損害額について判断するのに被告楠本は原告会社工場から引取つた物件は鉄レール七〇間時価五千円電力電灯配線工事の残骸時価三千円、型枠側板、底板各百枚時価六千円、塀残骸(価値はない。)及び建物(全部腐朽に近く焚物同様のもので時価は殆んどなく強いて評価もできない程度のもの)のみで、その他原告主張の物件は原告と被告楠本との間で右買戻契約交渉中いずれかえ運び去られたもので存在しなかつたものであるから、原告の蒙つた損害は一万四千円程度のものである旨主張するけれども、その理由のないことは前示被告国に対する違法原因(三)において判示したとおりである。原告会社代表者岸本本人の第二回の供述によつて真正に成立したと認められる甲第十三号証の二、四、五、九ないし一二、第十六号証、成立に争いない甲第二十一号証に、原告会社代表者岸本本人の第二回供述を綜合すれば、右物件の前示不法行為当時の価格は右目録GないしL記載のように合計四百十万七千四百十三円であつたことが認められる。右認定に反する証人斎藤栄三、同高松礼之助の各第二回の証言及び被告楠本本人の供述は信用しない。他に右認定を覆すべき証拠はないから被告楠本は原告に対し右物件の時価相当の四百十万七千四百十三円の損害を与えたことになるが、原告は被告楠本を相手方として東京高等裁判所昭和二十七年(ネ)第一、四一七号損害賠償請求控訴事件において右物件の一部の損害金として六十六万円の勝訴確定判決を受けているので、右金額を本件請求から控除しているから前示損害金から右六十六万円を差引いた三百四十四万七千四百十三円の損害を原告は蒙つたことになる。

(二)  結論

原告は被告楠本に対し被告国と共同不法行為者としてその責任を求めているが、その理由のないことは叙上説示のとおりであるから被告楠本は原告に対し右三百四十四万七千四百十三円の支払義務がある。

(結論)

よつて、原告の本訴請求のうち、被告国に対しては、前記損害金百十三万七千百三十一円、被告楠本に対しては、前記損害金三百四十四万七千四百十三円と、これに対する被告国に対しては本訴状送達の後であり、被告楠本に対しては本訴状送達の翌日であること本件記録に徴し明らかである昭和二十六年十月十七日から完済まで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める部分及び被告国は原告に対し、別紙目録(一)、(二)記載物件に対する同記載の差押登記の抹消手続をせよとの部分は理由があるから、これを認容すべきであるがその余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、被告国に対しては、仮執行の必要ないものと認め、被告楠本に対しては担保を条件とする仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 伊東秀郎 荒井徳次郎)

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